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中野ディープダイブ その3

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加奈子の部屋は2階にあった。
鉄筋モルタルの2階建ての家は1階には大屋さんの老夫婦が住んでいるという。
2階へ上がるには東外側のさびた鉄階段を上る。
階段両側には数え切れないくらいのアロエの鉢植え、手すり支柱にはなぜか洗濯バサミが並んでいた。
さらに、なんというのだろう、建物の外壁のちょっとした出っ張りにも鉢植え(もちろんアロエだ)が置かれている。
アロエの葉は伸び放題で、加奈子が先に立って階段を上る際にはしばしばスカートやバックが引っかかり、加奈子は小さく叫ぶのだった。
切ればいいのにと思うのだが、加奈子は決してそれをしなかった。
アロエにはたいして関心がないのに置いているのだ。実に不思議な女だ。
無愛想な鉄の扉を開けると、彼女の2DKの部屋がある。
最初に見た、西日の良く当たるその部屋は、夏はさぞ暑かろう、冬は寒かろうと想像できた。
しかし実際には、不思議とそういった不快な暑さ寒さを感じたことはなかった。
女の部屋にしては、何の飾り気もなくシンプルそのもので、私が置いていったカメラや雑誌だけがやけに目立った。

古いTVを点けると、温まるまでは真ん中になんだか土星のような物体が見えた。
これはなかなか趣があってよろしいので、加奈子が茶を入れたり食事を用意してくれる間は、じっとこれを見ているのが楽しみだった。

加奈子は女性にしては無口な方だった。
同じ部屋にずっと一緒にいても、ほうっておいてくれると言うか、しつこく話しかけたり、プレッシャーを与えることをしない。
私が何かに夢中になっていてもそれを邪魔したりしない。その間は何かいろいろと自分のことをやっているようだった。
「ようだ」というのも、私はその間は忙しいので、彼女のことを気に留めていないので、はっきりしたことはわからない。
ただ私がひとしきり夢中になったことに飽きて顔を上げると、すっと寄ってきたりする女だった。
話をしていて加奈子が非常に教養豊かであることはわかったが、それを自分から積極的にアピールしたりはしなかった。

加奈子と私はその部屋で静かな時間を共有したと思う。
中央線沿いのその部屋は決して静かな場所ではなかったが、二人の時間は静かで穏やかだった。

・・・・

今でも時々、ここを通るたび加奈子のことを思い出す。
そして、つい駅やスーパーの入口でその姿を探してしまう。

今日はやけに人の話し声が耳につくし、車の排気ガスが臭いように思えた。
おまけにSUICAが残高不足で引っかかった。
くそっ。
by tin_box | 2006-11-29 21:19 | ブリキの街 | Comments(6)