以前、参段、四段審査前に記事「昇段の条件を考える~」を書きました。
今回はその五段編です。
四段までは地方審査ですが、五段は連合審査になります。
地方審査は(自分が所属する)地元で行われますが、連合審査は、近隣の県地区を跨ぐので、審査会場が少々遠方になることが多いです。
連合審査では、自分の地連以外の(連合地区内)の審査員も加わります。
また、四段までは五人の審査員中三人が合格とすれば通ったのですが、五段では審査員の五人中四人が合格としなければ通りません。
少し長いので記事を分けます。
今回は、従来と同様に審査規程を分解してみていきます。
弓道教本第一巻の巻末 審査規程より。
五段 射形・射術・体配共に法に適って射品現われ、精励の功特に認められる者
四段審査規程も比較として載せておきます。
四段 射形定まり、体配落着き、気息正しく、射術の運用法に適い、離れ鋭く、的中確実の域に達した者
詳しくみていきます。
~法に適って~
”法に適って”は、体配、射法八節とも、教本に則り抜かりなく行射を進行させること。
射品現れ~
”射品”とはなんでしょうか。
ここが肝のような気もしますが、いささか抽象的です。
教本を探してみると、第一巻十六頁〈理念〉の文中に、”○射品、射格の向上”とあります。
更に”~体配と射法射技が渾然一体となり、品格のある射が生まれなければならない。~”
”~弓道には調和の美がなければならない。~”
とかく、射技と体配は別々なものというイメージで稽古している方も多いと思います。
通常の練習は、胴着、立射でバンバン引き、的中練習主体ではないでしょうか。
私ももちろんそうです。それが普通でしょう。
着物を着ての稽古は時間も掛かるし、そんなに繰り返し稽古しなくても覚えてるし…、という気持ちもあります。
それでもやはり日頃しっかり着物で稽古しておけば、堂に入った体配、着物さばきが身に付き、射技も冴えて見えるのではないでしょうか。
第一巻 五十七頁からの基本体 基本体の必要性も、引用は省きますが、読んでおきます。
あと、私が捜した範囲ですが、教本第三巻 七頁 弓道の最大特色も参考になると思います。
〔鈴木伊〕”~その審査によって弓人の射の価値(射型・射術・的中・射品)を定め、資格すなわち段位を授与して~” ※ここでは射形ではなく射型
審査とは何か述べられています。”射の価値”とは、また重いですね。
”~射品の根本は、弓人の持っている地金から自然に出るもので、この地金はわずかの修練の問題ではない。射の鍛錬こそは、射品発生の根源である。”
続けてその説明として
”これを要するに、射型は骨骼の産物であり、射術は個性の表現であるから、これを無理することなく自己の地金を鍛冶することが大切である。”
”しかしてここに的中というものが生まれ射品が育まれるのである。”
”すなわち的中によって射術が生まれ、それによって射形が構成され射品が発現するものである。”
射型と射形の違いが詳らかです。射型は骨骼によるもの、射形は射術によって構成されるもの。それにより射品が発現する…。
”故に射の批評は、あくまで的中を基礎としてなされねばならぬもの~”
中らないことには評価できない。
中てましょう。
審査規程に戻ります。
~精励の功~
※”精励の功特に認められる者”とありますが、”精励の功、特に認められる者”と分けて読むのが自然かと思われます
精励は、よく学校や職場で皆勤賞、功労賞などを頂いた際に、賞状の文中に~精励恪勤(せいれいかっきん)~とあるように、精を出して励むことです。
日頃の修練によって、射形、体配が熟練した様子と見て取れるということでしょう。
全体的には、射と体配が別々な印象ではなく、射全体、一体として品格ある行射なのだと思います。
”~特に認められる者”
余談的な話になりますが、四段は人数が多いです。そして五段受審する方も多いです。
しかし五段合格者は非常に少なく、狭き門です。毎回渋滞しています。
その中で特に目立つ?ではないですが、突出した存在感を出さなければ、合格は危ういでしょう。
同じ四段の仲間と同じような射ではダメだと認識すべきでしょうね。
私見ですが、弓道では、その人の考え方というか弓道に対して持っているイメージが、あからさまに射に現れるものだと思います。
物事を何時もいいかげんにしてしまう、あきらめ癖、細かい部分をおろそかにする、集中力がないなど。
そのため、その場で取り繕うような、外見だけの体配、気合の入ってない射は、審査員には容易に見抜かれてしまうのだと思います。
いずれにしても、四段までの自分の射を顧みて、自分の目、意識を養う事が大事かと思います。