弓の稽古 的なんかいらない(かもしれない)

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また、よちよち歩きの初心者が、ナマイキなお題をだしてきたなw って。
それも承知の上で、すみません。
兎も角
的、なんだったら、オーバーヘッドプロジェクタかなんかで、見えるだけでいいんじゃないかと。
でもね、そうすると、万一中たったときのパーンっていう気持ちいい音しないじゃないですか。
そう、そこなんです...。




たまにパーンと中たったりすると、うれしくなっちゃう。
で、その日は何度か中てて調子良かったりします。
もう、わかった、壁超えたとか。
一日ご機嫌でしょう。

で、次の稽古の日。
これがまるで中たらない。首ひねりまくりで、意味わかんない。
わかった、俺が馬鹿だった。
最初からやり直し。
・・・
あのパーンて音、快感なんですが、罠でもあります。
外したときの方が、なぜそうなったかとか学べますよね。
これが一つ目のこと。

もう一つ。
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この本、10年も前に買っていたんですが、ずっとほったらかしで、今になって読み始めたんです。
普通に読むと、米国青年が禅と弓道を学ぶ課程を素直に記しているということです。
あー外人、異文化育ちの青年が苦労したんだなと。
でも米国青年は、まんま現代の日本人でしょう。
自分がこれを読んでいると、何か射法八節をずーっと長く引き伸ばして、まるで巨人の星の飛馬が、30分一話終わってもまだ一球も投球し終わっていないみたいな、そんな気分になってます。
読み易い作品なんで、もう読み終わりそうなんですが、なんか読み終えたくないような。
彼の素直な言葉には、驚きがあり広がりがあるんですね。現代の日本人は、この米国青年と和尚の間に居るのかもしれない。
これが二つ目かな。

あまり頭でっかちにならずに、と言う事を弓道の最初の記事に書きました。
今はともかく技術、所作を覚えることでいっぱい。
それでも、こういった本は読んでます。


それで、的なんですが、的紙貼らずに的枠だけにするとか。
すみません、冗談がすぎました。

by tin_box | 2018-09-10 22:36 | ブリキ的生活 | Comments(0)
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