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一回忌

母が亡くなって1年が経った。

先週、一回忌と初盆の法要を済ませた。
母の命日は七月盆と重なるので、先日まで八月盆にしようかと考えていたが、お寺の和尚さんのご好意で一緒にやることになった。
※地元でのお盆は7月、8月が入り混じっていて、お寺の都合で変わることもあり特にどちらかという決まりはないようだ

当日はおばたちが集まってくれた。
おじたちは体調が悪かったり、遠方のおじは知らせのないまま亡くなっていたりで、ちょっと驚いたり。
ちょうど、くそ暑いさなかで、おばたちには申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、できるだけもてなした。

13日の盆入り、16日盆明け。
一応は簡略的ではあるが、しきたりに従ってやってみた。
スーパーでセットを買って来て飾っただけだが。
今朝は送り火を焚き、藁の馬と牛を近所の川に流した。



母が亡くなってから、自分はどう生活していたのだろうか。

母が使っていたものを受け継いで使っていたり、自分が使えないものは処分したり。
新しい事はほとんどない。表面的にはあまり変化がない。

心情的には、いろいろ変化があるが。

まあ、その話題は少々重いので、またぼちぼち書くことにしよう。
by tin_box | 2011-07-16 22:37 | ブリキ的生活 | Comments(2)

整理。

週2回のゴミの日の前日夜には、母の残した遺品や今まで溜まった生活ごみの整理をして、不用品を少しずつ出している。
いっぺんに出してしまうと、迷惑だろうし、別に急ぐことも無いので、ボチボチやっている。
衣類など、ほとんど使ってないものや、タグの付いた新品もあり、もったいないとは思うが、いちいち処理できないし仕方ない。
エプロンが大量にあったのには驚いた。それもあちこちからでてくる。
母が友人にもらったりしたのだろうが、ほとんどが未使用。
その中から数点選んで使うことにした(今はまだ暑いので使ってないが)。
セーターもたくさん。デザイン古すぎ。
着物(祖母のもの)は残してある。
なんだか捨てられない。

倉庫からは、古い領収書が大量に出てきた。
その中で、私の学生時代の学校に支払ったものなどがあった。
それを見ながらただ、感謝と「ごめんね」を言っていた。
お金掛かったんだね。
ありがとう...。

もうお彼岸。
by tin_box | 2010-09-21 22:40 | ブリキ的生活 | Comments(0)

四十九日。

今日、母の四十九日法要を無事執り行った。

法事の後会食の席では、おじおばたちに昔の写真を見せて、いろんな昔話をして母や親戚兄弟の思い出話を聞くことができた。

これで私もようやく一区切りついた気持ちで、これからは新しい生活に向かっていこうと思う。


肉親の生き死にというものは、誰にも避けられないもの。
それにどう向かい合うか、生死のとらえ方、宗教感が問われる。

祈り
現代には希薄なものなのかもしれない。
しかし、私は重要なものだと思っている。

自分がなぜここに今生きているのか、考えをめぐらせれば、それは奇跡的なことなのだと気づくはずだ。
by tin_box | 2010-08-29 23:14 | ブリキ的生活 | Comments(0)

ふつうのこと。

ある人から言われた。

いろいろ大変だったろう。
これからは自分の人生だ。
やりたいことをやればいい。

・・・

母が入退院を繰り返して、徐々に体が大変になって、ついには介護が必要になって、いままで何年経っただろう。
5,6年だろうか。
最初の頃は、おばの事もあったので、手術とかなんとかとなると大変になるかなと、ぼんやり考えていた。
それは、手術こそ無かったが、少しずつ現実になり、生活は変化していった。


母は実にスーパーな人だった。私がいい年になるまで、私は自分のこと以外はまるで無頓着でいられた。
たまに家事などを手伝おうとすると、逆に露骨に嫌な顔をされたものだ。

父はというと、私と同じように母に頼っていた部分が多く、自分自身は実にシンプルに生きた人だった。
江戸っ子ではないが、宵越しの銭は持たぬ的な、借金こそ無かったが自分の預金通帳も持たないような人だった。
釣りばっかりやっていた。

父は最期まで病院嫌いで、手遅れになるまで我慢してしまい、母に怒られてようやく病院へ行った。
入院してからは、母はぶつぶつ文句を言いながらも一所懸命看病に当たっていた。
私はあまり出番が無かった。それはちょっと後悔している。

・・・

母は徐々にスーパーでなくなり、言ってることと、できることが食い違っていった。
歯がゆかったのだろうが、そんな事はおくびにも出さずにいた。
その矛盾に直面していた私は非常に混乱していたように思う。
母もそのことを受け入れていくのに時間が掛かったのだろう。

いよいよ私だけではどうにもならなくなり、介護申請を出す時、母も覚悟を決めたのだと思う。

母は常日頃から他人に頼ることを嫌っていた。
大人であれば、それは当然ではあるが、母の場合はそれを極端に恐れていたといってもいい。
それは「いずれ返さねばならぬ借金」であると、明確に言っていた。

しかし、そんなポリシーも捨てることになった。
でもいいじゃん、社会保障システムなんだから。年金と同じだよ。

ともかく。

介護生活になってからは、ヘルパーさんと仲良くやっていたようだった。
私のほうも、毎日忙しいことには変わりは無かったが、精神的にはずいぶんと楽になった。

母が元気な頃はまったくやらなかった家事全般をいろいろと工夫しつつやるようになった。
料理も本やネットを見ながらすこしずつバリエーションを増やしていった。
母に食べてもらうのが楽しみにもなった。
母も昔の人なので、食わず嫌いなものや、苦手な料理法もあった。
私は何でもやってみたい、食べてみたいたちだったので、外食ができない分、母の料理では絶対出てこなかったような食材も使って食べさしたりした。

母の容態は安定していて、日々の生活も順調に回っていた。

・・・

親は先にいくのはふつうの事。
人生において大きな出来事ではあるけれど、ふつうのことなのだ。
不幸でもなんでもない。
誰でもいずれ直面するのだから。


こんな話があったね。
うろ覚えだけど。

お釈迦様の下へ、ある女性が訪ねてきた。
 私の家族が死んでしまいました。
 悲しくてもう生きていく気力がありません。

お釈迦様は言った。
 では、この村の中で、一度も家族が亡くならなかった人を探してきなさい。
 そうすれば、あなたの悲しみを取り除いてあげましょう。

女性は村中をくまなく探して歩いた。
しかし家族が亡くならなかった人などなかった。
女性はやっと気がつき帰っていった。

・・・

最初に戻って。

皆きっと、少しばかり勘違いしてる。
勝手気ままに自由にやるのも人生だし、そうもいかずに日々を送るのもまた人生の一部。
どっちがいいとかじゃない。

 母も私も少々不自由な日々ではあったけれど、一緒に過ごした数年間は、幸せだったと思う。
 母がそう思ってくれたとしたら、それ以上のことは私にはなにもない。

○:○:○: 猫足 いや蛇足。 

猫は、自分の居る環境の中で、快適に過ごす術を知っている。
だから、犬の様にみっともなく不満げに鳴き吼えたりしない。
お腹がすいた時だけ、ちょっとだけ人間に甘えたりする。


いずれにしても、リセットがかかったようなものなので、少し考えてみる時期なのだろう。
by tin_box | 2010-08-21 22:04 | ブリキ的生活 | Comments(2)

1ヶ月。

母が逝ってしまってから、はや1月。

昨日は、四十九日の準備も残すは、会食場所の予約のみかなと思っていたところ。
うっかり霊園での納骨届出をしてなかったことに思い当たり。
その後名義変更やらで、また市役所へ。
うっかりポカミスしてしまうところだった。
気づいてよかった。

今日は出かけている間に2回も救急車に遭遇。
思わず大事無きようにと祈る。


お盆休みは雑用の他、それなりに私用もこなした。

地名発電所も見てきた。

話題の映画「キャタピラー」を朝から鑑賞して、どっしり重い気分になったり。
この原作は、江戸川乱歩の「芋虫」。
昔、まだ子どもの頃、週刊誌の劇画で読んだ覚えがあった。
子供心にその残虐かつエロティックなストーリーに震えた。
もちろん、そんな劇画が子供向けであるはずも無く、たぶん大人向けの雑誌を見たのだと思うが。
しかし、江戸川乱歩の小説は小学校の図書室に普通にあったのだから、小説ならば子どもも読めたということか?
子供向けからはこのような小説は外されていたのかな?
そうだろうな。


昨日からは、久しぶりにストレッチや筋トレを再開した。
いやぁ、体硬くなってるし、筋力も全然ダメ。
無理せずに少しずつ戻していく。
今朝は早起きしてジョギングも再開。

少しずつペースを取り戻していきたい。
早く海へいけるように。

少し元気が出てきたかな。
by tin_box | 2010-08-17 22:08 | ブリキ的生活 | Comments(0)

準確定申告 その後。

役所に相談室が開設されているというので、電話で相談してみた。
やはり4ヶ月以内に準確定申告をする必要がある。

相続の申告は6千万以上の場合のみ必要。
うちは一般庶民なんで問題外。
私の来年の確定申告も不要だとのこと。

少し気が楽になった。


先日からずっと体調を崩している。
体調というか、お腹全体が極度に疲れている感じ。
徐々に回復してきてはいるが。
胃腸が弱っているので、刺激が強い食べ物、精がつきそうなものは負担が大きく、食べれない気がする。
ソフトなもので、ボチボチと。

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by tin_box | 2010-08-10 14:39 | ブリキ的生活 | Comments(0)

嘔吐。

なんか、小説の題名で聞いたことあるようなw。
昨日1日、なんとなーく気分が悪く、夏風邪かなと思い、ユンケルと風邪薬を飲んで、やめときゃいいのにお酒を少し飲んで寝た。
寝る前から、胃が張ってる感じがあり、こりゃやばいかなと思いつつ寝た。
1時間もしないうちに、やっぱり。

トマト食ってないのに、少々赤いものが混じってた。


今日は1日胃が重い感じ。
用事を午前中に済ませて、午後は昼寝してた。

風邪なのか、ストレス胃炎かなにかわからないが。
両方かな。
このところ、いろいろと忙しく、体のことはおろそかで、クーラーで汗を押さえることばかりやってたから。

昔から、ストレスに対しては、気持ちより体が先に反応してしまう体質。
気が張ってても、体がガクッとしたりw。

ともかく、明日中くらいには回復したい。
by tin_box | 2010-08-07 22:30 | ブリキ的生活 | Comments(0)

昨日一日。

昨日は有休をもらって(考えてみたら、来週は盆休みあるしその時でもよかったかなと思ったが)、用事をこなした。

市役所へ行き、戸籍謄本やら。
郵便局、銀行、年金事務所(初めて行った。場所わかりにくい~)。
最近、役所や公的機関に電話や出向くことが多かったが、大抵どこも親切で、判らない事には丁寧に答えてくれた。
市役所では、若干個人差があったが、差ほどでもなく。
何種類も書類を書き揃えたり、発行取得、提出したが、今のところはつき返されることもなく。

その後、四十九日法要準備のため、石屋、仏壇屋。
病院へよるが、またも先生不在でお礼、挨拶もできず。

暑い中、一日中あちこち移動して、きっとくたくたになるかと思いきや、気が張っていたせいか、昨日は疲れもです。
しかし今朝起きてみると、朝からだるい感じ。

昨日はiPadが大活躍した。
メモ書き、GPSで初めて行く場所をナビしたり、ツイッター書いたり。昼食時にニュースみたり。
ノートPCでは、開くのが躊躇われる様な場所でも、ちょいっと出して使える。
3Gはちと遅いとか、キーボードや漢字変換がイマイチだとかあるが、使えないほどでもない。
バッテリも1日なら心配しなくていい。

もう、ノートPCを持ち歩く気にはならない。iPadで必要十分。

読まんでいいよ。
by tin_box | 2010-08-04 22:54 | ブリキ的生活 | Comments(2)

昨日、今日。

昨日は福祉課へ行き、介護保険証を返却。

介護保険については、世の中でいろいろ言われているが、こと静岡市に関しては、私としては本当に感謝。

母がどうにもならなくなった時、相談にのってくれた係りの職員さん。その後、いろいろと親身になって世話を焼いてくれたプランナーさん、ヘルパーさん、訪問看護士さんたち。
訪問入浴サービスの方々にも、大変なお世話になった。
この方々の仕事というのは、非常にメンタル、フィジカル両面で大変なものです。
それをこなしていくということは、尋常ではないです。

それらのサービスを低負担で、しかも関係者の皆さんが生き生きとサービスを実行し、それを受けることができたことは、母と同じく私にとっても存外な喜びでありました。

私は、これらの仕事に関わる人々に対して、支援を惜しみません。
常に注目し、アクションします。

・・・

その後、某デパートに行き、友の会の名義変更と積み立ての解約。
エレベーターであがっていく途中、見かけるお客は、皆高齢のご婦人ばかり。
店員もそれなりの年齢。
こういった場所にはこないだろうなぁと、感じつつ。
換金できない分についてカードの名義変更。いったいいつ使うんだ?


今日は、届いた書類の記入と、まだ未処理の案件についていろいろと。
おまけに書類の記入をしくじってしまい、来週また手配の手間が。

週明けからは仕事復帰だが、後処理はまだまだ続く。
by tin_box | 2010-07-24 22:41 | ブリキ的生活 | Comments(0)

今日のこと。

まだ勤務先にはお休みをいただいています。

連日の猛暑のなか、自宅で静かに書類の整理の日々です。
ほとんど仕事みたいな感じ。

今日午後は市役所に出向き、住民票、戸籍謄本などをもらってきました。
部数が多かったので、手数料だけで5000円近くいったことに驚き。
明日からは郵送されてくる書類も増えてくるので、処理も進むかと。

それに今日、ヘルパーさんたちが来てくれ、お線香をあげてくれました。
毎日のヘルパー日誌を見るだけで、私が直接は会ったことのなかったヘルパーさんたち。
名前を聞いて、あぁーと。ヘルパーさんの話と、母が話していたことを結び付けつつ。
感謝するばかりでした。

早く社会復帰しなければと思う一方で、母の思い出とすごす日々が愛おしいような思いが複雑です。

でもしかし。

これからは、もう少し、外に向かって生きていけそうな気がしてます。
いや、具体的にそれは何だとは、まだわからないのですが。
by tin_box | 2010-07-22 23:01 | ブリキ的生活 | Comments(4)