百姓から見た戦国大名

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「百姓から見た戦国大名」黒田基樹著 ちくま新書

歴史で勉強したことといったら、豪族、皇族、貴族、武士の栄枯盛衰のことばかり。
そんなことは表面上のことであって、それに翻弄された国民の大部分であったろう百姓はいったいどうな暮らしだったのか。
その疑問があって選んだ中の一冊。





関東の北条氏、北陸の上杉謙信などの時代。

そもそも武士たちは村、農民をどのように支配できたのか。
その歴史資料はほとんど残っていない。
その中で唯一、北条氏の資料が詳細らしい。
※意外なことだが、信長から秀吉がどうやって全国統一したのか、そのシステムが未解明だという

当時の百姓は刀や槍を持ち武装していた。
自分たちの土地は自分たちで守っていた。
農業に欠かせない水利、貴重な資源である山、山林を周辺の村との争いながら守っていた。

武士に対しても搾取される一方ではなく、利害関係であった。
武士に外的から守ってもらう代わりに代価を支払う。
※なんかこの辺は「七人の侍」みたいな感じ
武士が無理な要求をすれば、猛然と抵抗したし、時には耕作地を放り出して山に逃げ込んでしまったり。

しかし武士同士の大規模な戦争は百姓にとって過酷なものだった。

上杉謙信はたびたび北条氏の領地である関東に攻め入ってきた。
それも毎年秋の収穫時期になると、北条氏の領地へ侵入し実ったばかりの農作物を略奪し、去っていった。
これではその土地の百姓はたまったものではなく即、飢餓状態に至った。
そんなことが繰り返されていた。
戦争と飢餓は密接な関係にあった。

武士もまた同様であった。
百姓が飢えれば年貢は取れない。無理に取ろうとすれば、耕作地を放り出して逃亡してしまう。
年貢は武士と百姓の交渉で決められたという。

また村同士の争いごとが絶えない時代にあって、領主(武士)が仲裁に入ったという。
それがやがて目安箱になり、村同士の争いは喧嘩両者成敗の規則ができたり、次第に行政的な仕組みが出来上がっていった。
その後、刀狩があり百姓は武器を持たなくなっていった。

・・・

これを読んでみると、日本は戦国時代の原始的な社会から、次第に武家社会の形成過程において、ある面でとてもまともな社会を自分たちで作っていったのだと思えてくる。
日本人の和の心はこの辺がルーツだろうか。
また国という概念(この時代では自分の住む地方の意)もこの時代に形成されていったもので、それ以前にはなかったものだと。

・・・

読了後、ぼんやりと考えてみるのは、今のことなのだ。
日本とは何だろう。日本人って何だろう。武士道ってなに?
保守派のいう国って?
左翼は一体何をしたいの?

と、もう一回、すべても組み立てなおしたくなったり。
by tin_box | 2010-12-26 22:17 | インドア/スティル・ライフ | Comments(0)
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